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夢見るロボット

 吾輩はロボットである。名前はまだない。出荷前だからだ。倉庫にずらりと並んだ同型のロボット達。その中から吾輩を識別できる違いは、背中のプレートに刻まれた、D3176というシリアルナンバーのみである。
 我々は皆〝その時〟を待っている。高度なAI(人工知能)を搭載した家庭用万能ロボットとして売られていく、その時を……様々に夢見ながら。どんな家庭で暮らすのか。家族はどんな人々か。自分はその人達のために、どんな仕事を任されるのか。その人達は、自分にどんな名前をつけてくれるだろう……。
 しかしこの国の大半の家庭にとって、我々はまだ高価な買い物らしい。西暦2064年現在、普及率は3割弱ほど。倉庫の仲間が減っていくスピードは、とても遅く感じられる。吾輩の順番はなかなか回ってこない。
 動力源の節約のため、我々の運動機能のスイッチは切られている。しかしAIを含め頭部は常にONの状態である。非常に精密な機器であるがゆえに、完全に休止させると調子が悪くなるからだ。つまり我々は倉庫にいても、考えたり、会話したりはできるのである。
 一日に一度、点検のため整備員がやって来る。彼らは数人で手分けして、我々一人一人に声をかけて回る。
「D3176号、ご機嫌いかが?」
今日の吾輩の列の担当はミス・ネリーだ。
「おはようございますミス・ネリー。吾輩は今日も完璧です。いつでもお役に立てます」
「OK!」

ミス・ネリーはにっこり笑って、隣のロボットの前へと歩を進める。
 彼女は我々の番号を間違えたことがない。まるで親しい友人のように、いつも笑顔を向けてくれる。吾輩は密かに、彼女のような人に買われたいものだと、常々思っているのだ。
 急に、外が騒がしくなった。
「事故だ!」

誰かの叫び声。と同時に、凄まじい爆発音。

吾輩は何も分らなくなった。

「ダメだな。3千番台は全滅だ」
 かろうじて残った聴覚により、吾輩は悟った。工場の爆発に巻き込まれ、吾輩は壊れてしまった。吾輩は不良品だ。もう誰かに買われていくことは永遠にないのだ。
 絶望。意識が再び暗転していく……。

 次に気づいた時、吾輩は解体されていた。損傷を受けた人工頭脳は使い物にならない。廃棄処分が決定したようだ。

 しかし吾輩はどうやら手術室にいる。治療を受けているのはミス・ネリーだ。彼女はあの事故でひどい怪我を負った。彼女の体の機能回復のため、吾輩の手足が使われるのだ。
 吾輩の意識は間もなく消滅するだろう。しかし満足だ。吾輩は彼女の一部となり、彼女とともに生き続けるのだから。

 

- fin -

2014.09

『「吾輩は○○である。名前はまだない。」から始まる』をテーマに書いたフィクションです。

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