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おばあちゃんと桜餅

 今年もまた、桜の季節がやってきた。咲き誇る花にふと、一抹の淋しさを感じるのは、たぶん、その命が長くはないことを知っているから。そして桜と桜餅が大好きだった、おばあちゃんを思い出すから。

 

 京都御苑の桜は、ちょうど見頃を迎えていた。

 北西の一画にある数十本の桜は、ほとんどが枝垂れの木だ。花付きの良い枝はまるでピンクの滝のよう。

 その満開の花の下、柔らかな日差しを浴びて、私と同じようにレジャーシートを敷いて座っているのは、近隣の大学生や、市内の親子連れといった風情の人々だった。

 

「みっちー、お待たせ」

 振り向くと祐子と友美が、百貨店で仕入れて来たらしい、食べ物の袋を両手いっぱいに持って立っている。

「すごい、満開やねぇ」

 シートに上がった二人は、嬉しそうに辺りを見回した。

 十年前、大学のテニスサークルで知り合った五人組のうち、関東出身の下宿生だった二人は、卒業と同時に地元に帰って行った。仕事の忙しいこの季節、彼女たちとはなかなか会えないが、大阪の二人と京都在住の私は、こうして毎年花見を続けている。

 

「仲ええなぁ。あんたらホンマ、五人姉妹みたいやぇ」

 練習の後、市内にある私の家に集まると、おばあちゃんはいつもそう言ってニコニコしていた。そして忙しい母に代わって、お茶やおやつの用意をしてくれた。

 私たちが三回生になった春のこと。

 東京の実家に帰っていた美佐子が、お土産と言って渡してくれた桜餅。

 大好物をもらったと聞き、いそいそと包みを開いたおばあちゃんは、その手を止めて何とも言えない妙な顔をした。そして驚いたことに、

「こんなん、桜餅ちがう……」

 と言って大粒の涙をこぼし始めた。京都で生まれ育ったおばあちゃんは、関東風の「長命寺」を知らなかったのだ。

 思えばあの時から、おばあちゃんはどんどん子供に戻って行った気がする。

 

「みっちー、ほらほら、もっと飲みよし」

 友美が私の紙コップにワインを注ぎ足す。

「ほんま、全然飲んでおへんやん」

 祐子はすでに酔いの回った赤い顔をして、ケラケラ笑っている。

「なんやの二人とも。へたっぴぃな京都弁」

 憎まれ口をききながらも、私は嬉しくなった。

 二人は何も言わない。でも、やっぱり彼女らも、思い出してくれてるんだ……。

 その証拠に、宴の締めにと二人が買って来るデザートは、いつも関西風の桜餅が四つ。残った一つは暗黙の了解のうち、私が持って帰る。

 

「おばあちゃん、はい、桜餅。もちろん道明寺やでぇ」

 仏壇の写真の笑顔が、ほっこりと丸くなった気がした。

 

- fin -

2009.03 初稿
2016.04 改稿

 

『五姉妹の三人残り桜餅』この俳句をもとにしたフィクションです。

 

 

【用語解説】


・関西風の桜餅=道明寺(どうみょうじ)

 仏道明寺粉(もち米を蒸して乾燥させ粗挽きしたもの。大阪の道明寺で作られたため道明寺粉という)で皮を作り餡を包んだ、まんじゅう状のお餅。道明寺粉のつぶつぶした食感が特徴で、「道明寺」または「道明寺餅」と呼ばれている。関西ではこちらが主流。


・関東風の桜餅=長命寺(ちょうめいじ)

 小麦粉などの生地を焼いた皮で餡を巻いた、クレープ状のお餅。享保2年(1717年)、隅田川沿い長命寺の門番・山本新六が、桜の落葉掃除に悩まされて考案し売り出されたことから、「長命寺」または「長命寺餅」と呼ばれた。関東ではこちらが主流。

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