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メリークリスマス

 〜全ての魂に安らぎあれ〜

 11月下旬。冷えて澄み切った街の夜空に、クリスマスのイルミネーションが華やかな彩りを添えている。道行く人々の瞳はその光を映し、高まってくる期待と興奮にきらめいていた。

 しかし大通りから少し外れた駐車場は、ひっそりとして薄暗い。そこに大きな人影と小さな人影が、手を繋いでやって来た。


「疲れただろう? ボウズ」
「うんまぁ、ちょっとね。すごく人が多いんだもん。僕たちの村とは大違い。本当にびっくりだよ」

 その時、一台の車が入口に現れ、二人は脇によけた。
「どうやら今日は、あれが最後の仕事だな」
 老人の声に、少年は息を詰めて車を見守る。
(ちぇっ満車かよ? つくづくついてねぇな)

 若い男の声が、二人の頭に響いた。
 そして老人は一瞬のうちに、男のこれまでの人生を全て悟った。中流家庭に生まれ、ごく普通に学校を卒業し、そこそこの企業に就職して何とかソツなく仕事をこなす毎日。平々凡々としているが、だからこそ得られる平穏と安定。しかし他の多くの人々と同じように、男がその幸せを意識することは少ない。むしろ今、彼は、若さ故の悩みに鬱々としていた。つまり、失恋したばかりだったのだ。
 空きを見つけて車を停めた後、彼は大きくため息をついて、ハンドルの上に体を伏せた。しばらくそのまま、身動きもしない。
“グゥ〜〜キュルルル……”

 大声で主張する腹の虫に、彼は苦笑いしてつぶやいた。
「わかったわかった、何か喰いに行こう。あーあ、俺の傷心なんてこの程度ってことか」
 彼は車を降りると、『おなかのへるうた』を口笛で吹きながら去って行った。

 

“クスクス……”

 耐えていた少年が笑い出す。
「お腹を鳴らしたの、おじいちゃんでしょ」
「あぁ。他に大した問題もなさそうだし、食べてぐっすり眠れば、それだけで随分元気になれるさ。今日一番の簡単な仕事だったな」
 12月24日の夜は子供たちに形ある物を、その他の日には、大人たちに形のないプレゼントをするのが、老人の仕事だった。
「ぼく決めた。おじいちゃんと、お父さんの跡を継ぐ。明日から仕事、手伝うよ」
 老人の口元を覆う、たっぷりとした白いヒゲが、大きく横に広がった。青い目が、優しく少年を見下ろす。
「……そうか。これから一ヶ月、クリスマスの準備で忙しいぞ」
「平気だよ」

 少年は老人を見上げ、ソバカスの散った頬をほころばせた。


 二人はまた手を繋ぎ、駐車場の片隅に向かった。普通の人には、よくある白い乗用車が停まっていると見える駐車スペース。そこには、ソリに繋がれたトナカイたちが、温かな息を吐きながら待っている。

 

- fin -

2012.11

『駐車場を舞台に』をテーマに書いたフィクションです。

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