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 私はヒバリ。春、お日様へと高く高く舞い上がりながら、喜びの歌を歌う小鳥です。
 春は美しい。私が住む川べりの草地は、一面、緑の絨毯(じゅうたん)になる。木々の花芽も次々に緩み、蠟梅(ろうばい)、沈丁花、レンギョウ、木蓮、コブシ、椿と、花の競演が続く。
 そして桜。川の堤防の上は桜並木で、あの奇跡のような薄紅色の雲海が、突然現れ、あっという間に散っていく。

 あたしの名前は橘(たちばな)トヨ。堤防のすぐ下の、小さな一軒家に暮らしてる。今は一人で。
 ちょっと前までは、シロがいた。ちっちゃな柴の子犬だったシロが来て、やがて夫は亡くなり、子供たちは仕事や結婚で遠くへ行ってしまった。でもシロはずっと、あたしのそばにいてくれたのに。
 ついひと月前の七月、一緒に同じ誕生月を祝ったばかりだった。あたしは七十八、シロは十五歳。シロや、お前は幸せだったかい?
「……あの子は賢かったね。そして優しかった。誰も知らないけどさ」

 いいえ、トヨさん。私は知っています。私たちヒバリは、草の上に巣を作る。卵や、雛たちを育む大切な巣。心ない人や乱暴な犬は、巣を踏んでメチャメチャにしてしまうけど、トヨさんは、見つけてもそっとしておいてくれた。あなたが「近寄っちゃダメ」って言うと、シロもわかってくれたわね。
 トヨさんの必死の看病の甲斐もなく、たった二週間の患いで逝ってしまったシロは、本当に可哀想だった。でもずっと家にひきこもっているのは体に毒よ。トヨさん、どうか元気を出して。

 トヨさんが、日課だった堤防の並木道の掃除をしなくなってから、もう数ヶ月。桜の枯れ葉が木枯らしに舞う中、時折、買い物へ行くトヨさんは、項垂れて淋しそう……。

 今年の冬はことさらに厳しい。私たちヒバリの平均寿命は十八年。自分が何年生きたか覚えてないけれど、何十羽もの雛を立派に育てたわ。だからもういいの。でもトヨさんが心配で……私は……。

 ……ヒバリだ。ヒバリが鳴いている。ああ、春が来たんだね。
何とまぁ、いつの間にか、桜も満開だ。どれ、久しぶりに、堤防を掃除しようか……。

 あっ! トヨさんだ! 良かった、私を見て笑顔になってくれた。堤防を登る足も、箒を動かす手も、まだまだお元気だわ。
 でも私は、もうダメみたい。さようなら、トヨさん。残された日々を、楽しく穏やかに過ごしてくださいね。さようなら……。

 

- fin -

2016.08

『人形の絵はがきを見て想像する』をテーマに書いたフィクションです。

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