人間、誰でも歳を取る。ネガティブに考え勝ちだが、嫌なことばかりではない。私の場合、40を過ぎて早起きが苦にならなくなった。以前はとにかく朝が苦手で、そのために色々と失敗もしたものだ。
IT関連の企業に勤めていた頃のこと。私はいつもギリギリに職場に駆け込んでいた。他の7、8人も同様だったため、始業5分前の女子更衣室は超人口過密状態、テンヤワンヤの大騒ぎだった。6畳ほどしかない部屋の、四方の壁は全てロッカーに塞がれているので、やたらと狭い。それぞれ自分のロッカーから制服を出して着替えるのだが、その間、持って来た鞄や脱ぎ散らかした服は、真ん中に一つだけある長椅子に、皆で置くしかなかった。
ある日、そうやってバタバタと着替えている最中に、私の背後で焦った声がした。
「あれ? あれっ?」
隣のロッカーのMちゃんだ。しかし気にしている余裕はない。
(あと3分!)
心の声を聞きながら、とにかく作業を続ける。スカートのホックを留めた時、何となく違和感を感じた。が、構っていられない。ブラウスの襟元にブルーのリボン、急げ、急げ。
Mちゃんが、今度は叫ぶように言った。
「私のスカートがない!」
「どうしたの?」
同僚が尋ねている。ようやく私も着替え終わり、Mちゃんの方に振り向いた。彼女は長椅子の上を指差して言った。
「今、ここに置いた制服のスカートがないのよ」
(えっ、まさか……さっきの違和感は?)
私は恐る恐る自分のロッカーを覗き込んだ。そこには、制服のスカートが掛かったままだった。そう、私が履いていたのは彼女のスカートだった。
その日のうちに私の失態はフロア中に知れ渡り、同じチームの女の子は、涙を流して笑い転げた後「伝説として語り継ぎましょう」と言った。ちょうど、業務で使っているパソコンの切り替え時期だったため、私の新しいマシンのIDは、「Legend」と命名されてしまった。
あれから早くも10年が過ぎた。私を含め当時のメンバーは、ほぼ退職したのだから、もう伝説は語られていないだろう。
しかし私も、そろそろ五十路(いそじ)の声を聞こうかという歳だ。朝に強くなったのはいいけれど、『天然ボケ』が『本物のボケ』に移行し、新たな伝説を作る日も近いのではと、不安に思うこの頃である。
- fin -
2014.04
『思い出の服』をテーマに書いたエッセイです。