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帰っておいで、私のミミ

 ミミは、両方の耳としっぽだけがキジトラで、あとは全身真っ白な、きれいな猫だった。

 新しい家が建って家族が幸せの絶頂にいた頃、お前はうちにもらわれて来たね。子猫だったお前は、中学2年生だった私の片方の掌に乗るくらい小さくて、びっくりするほど軽かった。それから17年……いろんな事があったけど、お前はずっと私達と一緒だったね。

 私が19の時、両親が離婚して一回目の引っ越しをした。その後2人の弟は、それぞれ離れて暮らすようになった。私も一時期、母のもとにお前を残して、独り暮らしをした。

 5年後、2回目の転居が決まった時、「引越先の団地では動物は飼えないから」と、母はお前を置いて行こうとした。入院している父の問題で手いっぱいだった私は、強く反対もできなかった。餌をやるように頼んでおいた近所の人が「呼んでも出てこなくなった」と知らせてくれたのは、引っ越しして3日目。慌てて弟に様子を見に行かせると、いつもの場所に弟の車が停まり切る前に、お前は鳴きながら飛び出してきたんだよね。それを聞いて、お前がかわいそうで、愛しくて、とても放ってはおけなかった。母に頼み込んで、内緒で飼うことにした。

 4ヶ月後に父が亡くなり、また引っ越しをした。当日、気をつけていたのに、いつの間にかお前は外へ出かけてしまっていたね。最後の荷物が出る時間になっても帰って来ず、私は半分諦めたんだよ。でも一晩だけ、がらんとした部屋に毛布だけを持ち込んで、私はお前を待とうと思った。12月、寒い年の暮れのことだった。車で送ってくれたおじさんがまだ帰らないうちに、お前はもどってきたね。私は本当にうれしかったよ。

 次の引越先では、母と私と弟達、また4人での暮らしが始まった。でも父が残した借金のため、ただ黙々と仕事をする日々。それぞれに不満を抱え、諍(いさか)いの多かったあの頃の私達は、一つ屋根の下にいても自分の部屋に引っ込んで、顔も合わさない時間が多かった。

 20年経った今、振り返ってみると、ミミ、お前の存在だけが、家族をつなぐ絆だったのかも知れない。疲れて帰った夜、台所の椅子で丸くなって眠るお前の姿に、固く閉ざされた心をほぐしてもらったのは、私だけではなかったんだろうね。2年半ほどかかって借金を返し終えた後、私達は明るさを取り戻し、次のステップへと踏み出すことが出来た。私は結婚して、辛かったけど、お前とお別れしたね。

 それからすぐに、お前は母の家からいなくなってしまった。年齢を考えると、天国にいってしまったのかな……。でもミミ、いつかまた生まれかわって、私のところへ帰って来てね。いつまでも待っているから。どうかその時までゆっくりお眠り。大好きな私のミミ。

 

- fin -

2014.06

『ほぐす』をテーマに書いたエッセイです。

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