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百夢繚乱(ひゃくむりょうらん)

 夫の証言によると、私は寝ている時、とてもうるさいらしい。寝言とイビキが凄いと言うのだ。イビキに関しては、夫も相当なのでオアイコとしよう。しかし寝言は……。

 ある日の朝。恨めしそうな夫に、

「夜中に耳元で、『来はったで〜!!』って叫ばれて、誰が来たんかと思って飛び起きた」と言われ、素直に申し訳ないと思った。

 またある夜は、「ギャーッ」と悲鳴を上げた後、「どうしたん?」と尋ねる夫に、「噛まれた! ここ、ここっ! 血ぃ出てるっ」と大騒ぎ。「大丈夫やで」と言われると、また寝てしまったのだとか。

 残念ながら2回とも、全く記憶にない。どんな夢を見ていたのか、自分でも知りたい。

 口ではなく手が動くこともある。洗濯物を淡々と干す夢を見ながら、私がつまんでいたのは夫の耳たぶだった。てっきり洗濯バサミだと思っていたのに。たまりかねた夫に手首を掴まれ目が覚めて、びっくりした。

 そんなこんなで夫には随分、迷惑をかけている。とはいえ夫婦二人きりの家の中の話だ。バツイチ同士で再婚して2年。お互い五十路(いそじ)越えの中年、別に恥ずかしいとも思わない。

 しかし公衆の面前だと、そうはいかないだろう。自分のではないけれど、忘れられないエピソードがある。

 

 私が以前、勤めていた職場に、O(オー)さんという4つ年上の先輩がいた。美人で、笑顔が可愛い素敵な女性だったが、天然ボケでも有名な人だった。

 当時、奈良県大和郡山市(やまとこおりやまし)にあった会社まで、京都府宇治市に住んでいた彼女は、1時間弱かけて近鉄電車で通っていた。

 乗り物の揺れは眠気を誘う。特に通勤の車中、仕事で疲れた帰りは要注意だ。私も、寝過ごして降車駅を通過したことは、一度や二度ではない。

 その日Oさんは、帰宅ラッシュで混雑する車両で釣り革を持って立っていた。やがて、ちょうど目の前の席が空き、座るとすぐに眠りに落ちた。そして意識は夢の中へ……。

 学校で、授業を受けている夢だった。先生が順に「次、誰々」と生徒を差して答えさせ、彼女は自分の名前を呼ばれたと思った。

「はいっ!」と元気よく返事をし、右手を上げて立ち上がったとたん、目が覚めたそうだ。

 O(オー)さんが夢うつつで聞いたのは、「次は、大久保(おおくぼ)〜大久保でございます」という車内アナウンスだったのだ。

 そ〜っとまた座り、何事もなかったかのように寝た振りを続けたけれど、顔が火照るほど恥ずかしかった、と彼女は言った。

 

 社内で彼女と天然ボケぶりを競い合っていた私だが、不遜にも「自分はそこまでひどくない」と思っていた。しかし二十数年経った今になって、どうも自信がなくなっている。

 

- fin -

2016.05

『居眠り』をテーマに書いたエッセイです。

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