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鎮魂ピクニック

 家の中の重苦しい空気をよそに、窓の外には爽やかな秋空が広がっている。紗理奈(さりな)は突然、気晴らしを思いついた。
「ターボ、ピクニックって知ってる? こういう気持ちのいいお天気の日は、外でご飯を食べると美味しいのよ」
 身長1mの人型ロボットは、返事をしなかった。AI(人工頭脳)に激しく電気信号が行き交っているのか、目の表情を映す液晶ディスプレイが、めまぐるしく点滅している。紗理奈はハッとして、ターボを見守った。

 西暦2035年。24年前に起こった震災と、同じ規模の地震と津波が日本を襲った。さらに、温暖化によって多発するようになっていた台風が、その直後に被災地を直撃。救助活動の遅れは、多数の犠牲者を出す結果となった。紗理奈の祖母、祥子もその一人だった。

「ピクニック」
「外で食べると美味しいのよ」
 祥子の声だ。ターボに録音されていたらしい。ターボがそれを再生しているのだ。記録された日時は、祥子とターボが、倒壊した建物に閉じ込められていた間……。
「おばあちゃん……」紗理奈の目に涙が浮かぶ。
 ターボは、一人暮らしの祥子が持っていた、老人向けの話し相手ロボットだ。地震から四日後、瓦礫の中のわずかな隙間から、奇跡的に無傷で、亡くなった祥子と共に見つかった。
「……あぁ、外に出たいわねぇ。もう一度、お日様の光が見たい……」
 祥子の外傷は致命傷ではなかった。衰弱して亡くなるまで、ターボと話をして過ごしたのだろう。
「もし助かったらピクニックに行こうね。お弁当、外で食べると美味しいのよ」
「ター君のお弁当は、もちろん、いつものエネルギーカートリッジだけど。そうねぇ、可愛いラッピングをして、私のサンドイッチと一緒に、バスケットに詰めてあげる」


 紗理奈は、明るくて茶目っ気のある祖母が大好きだった。故障はしていないはずなのに、ほとんど喋らなくなってしまったターボを、父はメーカーに返してしまえと言ったが、紗理奈はそれを押し止(とど)め、家に引き取ったのだ。
「私は何も出来ませんでした。私は何も……」
「いいのよ、ターボ。あなたは私たちの代わりに、最期までおばあちゃんに寄り添ってくれた。ありがとう、それだけで充分……」
 紗理奈はターボの小さな体を、しっかりと抱きしめた。
「さあ、おばあちゃんの約束、私が果たすわ。お弁当作って、一緒に出かけましょう。外で食べると、ホントに美味しいのよ

 

- fin -

2016.10

『お弁当』をテーマに書いたフィクションです。

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